硯箱

 昨年も12月にCOP28がドバイで開催された。会議の中味はさておいても、世界中に報道されるこの会議は人類にとって地球規模での危機に直面しているという認識を共有するために大きな役割を果たしているように思える。

 

 大層な話から突然微細なテーマだが、最近すっかり鉛筆にはまっている。鉛筆の限りない魅力は別稿に譲るが、ともかく最も地球にやさしい筆記具だと思っている。そんなことを考えているうちに筆と墨のことも思い出した。現在では絶滅危惧種の筆記具かもしれないが、この国で千年を超える長きにわたり使い続けられてきたものだ。自然と共存する究極の筆記具かもしれない。

 

 ずいぶん昔に、鎌倉のある名刹の依頼で写経のための硯箱を作った。私がデザインをして日本有数の卓越した職人集団の工房に制作を依頼したものだ。素材は貴重な黒檀を贅沢に使った極上のものだ。

 この仕事を喜んでお受けしたのは、まず墨を摺り、墨の香を楽しみながらお経に向かって静かに気持ちを整えていく、墨汁全盛の中でなんと豊かな写経会であろうと思ったからだ。

 そうなると、我流だが書道も楽しむ身としては、なにより硯が大切、箱はあくまでも箱であって硯と墨がどこまで言っても主役である。そころが、自分がイメージしている箱に合う硯を探すのは至難の業。一つならどうとでもなろうが、同じものを数十個となると、想像以上に難しい。なんとか見つけたのが旅硯という、原形は旅をする時に懐に入れられるほどの小さな薄い硯のようだが、これは現代の端渓硯である。

 

 ふと思い立って、保存していた硯箱を出してきたのだが、我ながら気持ちのよい姿だと自画自賛。大切にしまってきたが最早使っても良い年頃だろう。野の草で漉いた和紙に地球にやさしい筆記具を使って一時続けていた写経を再開したいと思っている。